「発達障害者支援法」は2005年に施行された法律であり、児童を含む発達障害のある個人への適切な支援を推進することを目的としています。この法律ができるまでは、発達障害に特有の支援が不足していたため、身体障害や精神障害、知的障害とは異なる性質を持つ発達障害に対するサポートが不十分でしたが、必要ならば福祉サービスなどの支援を受けることが可能になりました。
この法律は、発達障害者の早期発見と適切な支援を促進することを目的としており、具体的な支援制度や基本理念が法的に定められています。以下では、発達障害者支援法の概要と、どのような支援が提供されるのか。2016年の改正点についても紹介いたします。
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発達障害者支援法の概要と目的
2004年12月10日に公布された「発達障害者支援法」では、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」という明確な定義が与えられています。
発達障害者支援法は、それ以前の法律では障害者として認識されなかった発達障害に焦点を当て、医療、保健、福祉、教育、就労などの領域で発達障害者を支援するための法律です。この法律により、社会的な支援体制が整備され、具体的な特徴として以下の点が明文化されています。
発達障害者支援法に基づき、地域での施策を担当する主体が「発達障害者支援センター」です。これらのセンターは、発達障害の早期発見や早期支援、就労支援、研修などの役割を果たし、他の領域との調整も行います。
法律の第1章では、発達障害者支援法の目的が早期発見と早期支援の体制を地方自治体に推進させることとされています。発達障害の発現が早ければ乳幼児期から見られるものの、その多様性や個体差、見た目での判別の難しさから、発見が遅れがちであり、早期の療育や支援が重要です。法律は、発達障害支援センターを通じて相談、早期発見、早期支援を行うことで、適切なアドバイスや療育を提供し、社会生活における適応力を高めることを目指しています。
同法では、学校教育においても発達障害に配慮した適切な支援や、就労支援についても言及され、発達障害のある人が社会で自立した生活を営むための支援が促進されています。
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発達障害者支援法で定められている内容
発達障害者支援法の主な目的は、以下の3点にまとめられます。
1. 発達障害者に対する障害の定義と発達障害への理解の促進
- 発達障害者に関する障害の明確な定義と理解を進め、社会全体での認識を高めることを目指しています。
2. 発達障害者の自立・社会参加のための生活全般にわたる支援の促進
- 発達障害者が自立し、社会に積極的に参加できるように、生活全般にわたる支援を推進することを目的としています。
3. 発達障害者支援を担当する部局相互の緊密な連携の確保、関係機関との協力体制の整備
- 発達障害者支援に関わる機関や部局との協力を強化し、連携を密にし、総合的かつ効果的な支援を実現することを重視しています。
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2016年の発達障害支援法一部改正について
2016年の発達障害支援法改正では、主に以下の3つのポイントが挙げられています。
ライフステージを通じた切れ目のない支援
発達障害者支援法では、発達障害の早期発見と共に、「切れ目のない支援」を明確に規定しています。これは、就学前教育、小学校、中学校、高校、大学、職場などが独自に支援を行うだけでなく、それらの段階で得られた情報を共有し、継続的かつ連携した支援を行うことを指します。進学や就職など、ライフステージが変わるたびにそれまでの支援のノウハウが失われたり、発達障害を抱える人が不利益を被ることがないように、自治体や教育機関が情報共有を行うことが法的に規定されています。2004年の公布以来、発達障害者への支援は進展してきましたが、改正では乳幼児期から高齢期までの切れ目のない支援が求められ、発達障害者が成長する過程で持続的で適切なサポートが提供されることが強調されています。
家族なども含めた、きめ細かな支援
社会の理解が広がりつつある中、改正では発達障害者に特有のニーズに沿ったきめ細かな支援が必要とされ、家族も含めた包括的なサポートが重要であると強調されました。
地域の身近な場所で受けられる支援
地域社会での受け入れやすさが強調され、地域の身近な場所での支援が重視されました。これにより、発達障害者が生活するコミュニティでサポートを受けやすくなりました。
改正では「発達障害者」の定義が、発達障害による制限を受ける者とされ、基本理念に「発達障害者への支援は社会的障壁を除去するためにおこなう」という文言が追加されました。具体的なポイントとして、社会的障壁の除去、切れ目のない支援、教育・福祉・医療・労働の連携、司法手続きの意思疎通確保、就労の定着支援、教育現場での個別支援計画の推進、発達障害者支援センターの増設、地域協議会の設置が挙げられています。これにより、社会全体が発達障害者の支援に積極的に関与し、より効果的で包括的な支援が進展しました。
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発達障害者支援地域協議会について
今回の改正で提案された具体策は、19条の2に追加された「発達障害者支援地域協議会」です。この協議会は、市区町村の障害児・者福祉関係部署や前述の発達障害者支援センターなどが主体となり、当事者である発達障害児・者とその家族、学識経験者、地域内の医療、福祉、教育、労働などの関係者が協力して、地域内における発達障害児・者の支援について包括的かつ具体的に協議する場と言えます。
この形態の協議会は、既に児童虐待防止対策として設けられている要保護児童対策地域協議会を参考にしている可能性があります。法的な設置義務は課せられていませんが、多くの市町村で既に発達障害者支援地域協議会が設置・運営されています。
この協議会は、切れ目のない支援や家族を含む身近な場所での支援を実践するための組織であり、地域社会全体が協力し、発達障害児・者が適切なサポートを受けやすい環境を整備する役割を果たしています。
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発達障害はすべて対象?
発達障害者支援法の第二条では、「発達障害」を次のように定義しています。
「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう。
「その他」として指定されている障害や疾患については、厚生労働省の省令で具体的に規定されており、その中には吃音、トゥレット症候群(運動性チックと音声チックが1年以上続く症状)、選択性緘黙(「場面緘黙」とも呼ばれ、特定の場面で発話ができなくなる症状)などが含まれています。
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障害は「個人の問題」ではなく「社会の問題」
2016年の改正により、発達障害者支援法の基本理念に、「社会的障壁の除去」という文言が追加されました。この変更により、発達障害のある人が社会生活を営む上で直面する不利益は、その本人の責任ではなく、むしろ社会全体の責任であるという考えがはっきりと示されました。
この基本理念は、従来の「医学モデル」での障害の捉え方(個人の心身や機能の障害に焦点を当てる)から脱却し、「障害は個人ではなく社会の方にある」という「社会モデル」の考え方を取り入れたものです。階段を上れない車椅子の利用者が直面するのは、単にその個人の障害ではなく、エレベーターやスロープを提供しない社会全体の不備に由来する障害であるとするこの考え方は、発達障害にも適応され、社会全体が改善される必要があることを改正法が示しています。
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「発達障害者支援センター」によるサポート
障害者総合支援法、障害者総合支援法施行規則、および発達障害者支援法に基づき、各都道府県は発達障害者支援センターを設置し、これを通じた必要な支援を受ける権利が法的に規定されています。
発達障害者支援センターには、都道府県や指定都市が自ら運営している施設と、都道府県知事が指定した社会福祉法人や特定非営利活動法人などによって運営されている施設があります。自治体や運営団体により事業内容は異なりますが、どちらも発達障害者に対する包括的な支援を提供しています。
発達障害者支援センターは、保健、医療、福祉、教育、労働などの関連機関と連携し、地域全体で発達障害者を支援するための中心的な機能を果たしています。このセンターでは、発達障害と診断された方だけでなく、「発達障害かも?」と自覚した場合でも相談が受けられます。
就労に関わる改正点
更に、就労の支援に関しては、これまでの「就労の機会の確保」という表現に加えて、「定着」という概念が組み込まれ、就労の機会だけでなく、その先にある定着を促進することが重要な課題と認識されています。
発達障害を抱える人が就職しても、定着が難しいという実情が存在しますが、就職だけでなく、定着をどのように促進するかが、「切れ目のない支援」の本質と言えるでしょう。
このため、事業主が取り組むべき課題として、発達障害のある人の能力を公正に評価することが求められています。これによって、適切な雇用の機会を提供し、発達障害の特性に理解を深めることが期待されます。さらに、適切な雇用管理を行い、雇用の安定を確保する努力が必要とされています。
具体的には、物忘れが激しい、一度に複数の指示を理解できない、騒がしい環境では人の声が聞き取れないなどの特性がある場合、指示の出し方に工夫が必要です。たとえば、メモを書いて指示を伝えたり、チェック項目のリストを提供して、その順番通りに作業を進めるようにするなどの工夫が必要です。
これまでも、発達障害者の働きやすい環境を整えるために、申し送り書や特性を理解するためのメモなどが提案されていました。しかし、今回の改正により、雇用者(事業主)にはこれらの取り組みが法的に求められることが明確になり、これは発達障害を抱える就労希望者にとって画期的な進展と言えるでしょう。
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発達障害のある人への「就労支援」
成人期の発達障害者支援には、就労支援が重要な柱となっています。
発達障害のある人の就労を支援するため、国や自治体ではさまざまな体制を整備しています。また、専門機関や民間団体も連携して、特性に合わせた支援や就労の機会を提供しています。
以下に、発達障害のある人が利用できる主な就労支援制度をご紹介します。
就労移行支援
就労移行支援事業所では、就労に必要な知識やスキルを身につけるための支援を受けることができます。
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就労継続支援A型
就労継続支援A型事業所では、就労に必要なサポートを受けながら、実際に働くことができます。
就労継続支援B型
就労継続支援B型事業所では、就労に必要なサポートを受けながら、軽作業や作業療育などの活動を行うことができます。
トライアル雇用
トライアル雇用制度では、3ヶ月間程度の試用雇用を経て、正規雇用や契約社員への雇用につなげることができます。
ジョブコーチ
ジョブコーチは、企業に派遣され、発達障害のある従業員の職場定着を支援する専門家です。
これらの制度を活用することで、発達障害のある人も、自分の特性や能力に合った就労が実現しやすくなります。
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改正で学校教育にも変化が
今回の改正では、学校教育においても「共生」という点が強調され、「一人も置き去りにしない」、「可能な限り発達障害児でない児童と共に授業を受けられるよう配慮」という言葉が盛り込まれました。
これを実現するためには、学校側や教員、そして共生の対象者である発達障害を持たない児童、その保護者が発達障害への理解と関わり方の知識を深める必要があります。
まず、教員はしっかりとした理解と療育的な技術を学ぶ必要があります。これは各分野の連携によって可能となります。具体的な方策は文部科学省の『障害者活躍推進プラン 発達障害等がある子供達の学びを支える~共生に向けた「学び」の質の向上プラン』に詳しく書かれていますので、一度ご覧ください。
そして、支援の実施に不可欠な計画についても具体的に踏み込んでおり、個別の教育支援計画と個別の指導に関する計画の作成を推進しています。前者は学習上の配慮や指導法に関する計画であり、後者は学校生活全般に関する計画です。
また、共生という視点についても、目標を振りかざすだけではなく、いじめの防止等の対策を推進するとしています。当然、ここにも「家族なども含めた、きめ細かな支援」が意識されていると考えられます。発達障害を持たない児童側へのアプローチも提示されており、これは評価されるべき点でしょう。
社会福祉援助の原則として取り上げられる「バイスティックの7原則」の一つに「個別化」の原則があります。福祉の支援はその人の人権と個別性を最優先すべきものであり、この改正は発達障害を含む障害者への支援を通じて、一人一人の個性を尊重した制度に向けた過渡期の変革を意味しています。