作用・特徴
炭酸リチウム(ブランド名:リーマス)は、興奮や気分の高まりを抑える効果がある薬です。
バルプロ酸ナトリウム(ブランド名:デパケン、デパケンR、セレニカR)やカルバマゼピン(ブランド名:テグレトール)とともに、気分安定薬(ムードスタビライザー)と呼ばれています。
リチウムは1817年にArfwedsonによって葉長石から発見され、最初は痛風の治療に使われていました。
その後、1949年にCadeが、躁病の原因に痛風と同じ尿酸が関与していると考え、躁病患者に炭酸リチウムを使用したところ、抗躁効果が確認されました。これにより、双極性障害の治療薬として広く使用されるようになりました。
- 神経伝達物質の安定化: 炭酸リチウムは、脳内の神経伝達物質のバランスを整えることで、脳の働きを安定させる効果があると考えられています。
- 神経細胞の興奮制御: 神経細胞の過剰な興奮を抑えることで、躁状態の症状を和らげ、気分を安定させる効果が期待されています。
- 尿酸代謝の影響: 炭酸リチウムは、もともと痛風の治療に使われていたことから、尿酸の代謝にも影響を与え、その結果として、抗躁効果が得られるともされています。
これにより、炭酸リチウムが双極性障害に対して持つ様々な作用が理解され、治療法の一環として広く利用されています。
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① 細胞内シグナル伝達の調整
炭酸リチウムは、細胞内シグナル伝達の調整において複数の分子標的に作用し、その機能を変化させることが明らかにされています。具体的な炭酸リチウムの薬理作用について以下に述べます。
GSK-3β(グリコーゲン合成酵素キナーゼ-3β)の働きを阻害
- 炭酸リチウムは、GSK-3βと呼ばれる酵素の働きを抑える作用があります。この酵素は、細胞内のさまざまな生化学反応を調整しており、その働きを抑えることで、神経細胞のシグナル伝達に影響を与えます。GSK-3βの抑制により、神経細胞の働きが変わり、抗うつ効果や気分の安定につながるとされています。
IMPase(イノシトールモノフォスファターゼ)の働きを阻害し、イノシトールを減少
- 炭酸リチウムは、IMPase(イノシトールモノフォスファターゼ)という酵素の働きを抑えて、イノシトールという物質の量を減らします。イノシトールは細胞膜の一部であり、神経細胞のシグナル伝達にも関わっています。この変化が脳内の神経伝達に影響を与え、双極性障害の症状を和らげる効果があると考えられています。
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CREB(cAMP応答元素結合タンパク質)による遺伝子転写の促進
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② 神経伝達物質の調整
炭酸リチウムは神経伝達物質の調整において、特に以下のメカニズムを介して影響を与えます。
過剰なドパミンを調節
- 炭酸リチウムは、中枢神経系で過剰に分泌されたドパミンの放出や活性を調整する作用があります。ドパミンは、興奮や高揚感を引き起こす神経伝達物質であり、その過剰な働きが躁状態の症状に関連しています。炭酸リチウムによるドパミンの調整が、躁状態の症状の緩和に役立つとされています。
興奮性神経伝達物質のグルタミン酸の伝達を抑制
- 炭酸リチウムは神経細胞のグルタミン酸受容体に影響を与え、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰な伝達を抑制します。これにより、神経細胞の過剰な興奮を制御し、躁病の興奮状態を和らげる効果が期待されます。
抑制性神経伝達物質のGABAの伝達を促進
- 炭酸リチウムは、抑制性の神経伝達物質であるGABA(γ-アミノ酪酸)の働きを高めます。GABAは神経の活動を抑えることで、神経細胞の興奮を抑制する役割を担っています。炭酸リチウムがGABAの働きを促進することで、神経細胞のバランスが整い、気分の安定につながります。
これらの神経伝達物質に対する炭酸リチウムの作用は、躁病や双極性障害において神経細胞の正常な機能を回復し、症状の改善に寄与します。
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炭酸リチウムの有効性
現在、炭酸リチウムは、双極性障害の治療において各ガイドラインで第1選択薬として位置づけられ、“ゴールドスタンダード”とされています。急性躁状態(躁病エピソード)に対して、単剤での使用だけでなく、第2世代抗精神病薬との併用においてもその有効性が示されています。
この薬は、その安定した効果により、双極性障害の患者にとって症状の管理や再発予防において重要な役割を果たしています。治療方針を決める際には、患者の症状や状態に合わせて、単独での処方や他の抗精神病薬との併用が検討され、個別に対応したアプローチが取られることが一般的です。これにより、患者に最適な治療プランが構築され、より良い結果が期待できます。
参考:第1選択薬とは?
双極性障害急性躁状態(躁病エピソード)に対する薬剤の有効性の比較
躁病エピソードの有効性が高い順にお薬と有効性を表にまとめました。有効性の数値は高いほど効果が高いです。
薬名 | 有効性 |
カルバマゼピン | 0.84 |
リスペリドン | 0.81 |
ハロペリドール | 0.78 |
オランザピン | 0.73 |
クエチアピン | 0.68 |
アリピプラゾール | 0.61 |
バルブロ酸 | 0.57 |
炭酸リチウム | 0.52 |
パリペリドン | 0.49 |
アセナピン | 0.38 |
急性うつ状態(抑うつエピソード)では他の薬性との併用での有効性が示されており、各ガイドラインで推奨しています。
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CANMAT and ISBDガイドライン2018(双極性障害抑うつエピソードへの推奨)
双極性障害は大きく急性治療と維持療法に分けられる中で、単剤及び他の気分安定薬との併用で再発予防効果があることが示されています。
第一選択治療
・クエチアピン
・ルラシドン+炭酸リチウム/ジバルプロエクス
・炭酸リチウム
・ラモトリギン
第二選択治療
・ジバルプロエクス
・SSRI / ブブロピオン(日本未承認)の追加
・カリプラジン(日本未承認)
・オランザピン+フルセオキシン(日本未承認)
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双極性障害維持療法における各薬剤の有効性の比較
双極性障害のうつ病治療においては、抗うつ薬に別の薬剤を組み合わせて抗うつ薬の治療効果を高める、増量療法において有効性が示されています。
薬名 | 有効性 |
アリピプラゾール+バルブロ酸 | 0.85 |
炭酸リチウム+オキシカルバマゼピン | 0.83 |
アセナピン | 0.81 |
オランザピン | 0.79 |
炭酸リチウム+バルブロ酸 | 0.7 |
アリピプラゾール+ラモトリギン | 0.55 |
アリピプラゾール持効性注射 | 0.52 |
クエチアピン | 0.51 |
炭酸リチウム | 0.49 |
リスペリドン持効性注射 | 0.42 |
バルブロ酸 | 0.41 |
アリピプラゾール | 0.4 |
カリプラジン | 0.3 |
ラモトリギン | 0.22 |
パリペリドン | 0.16 |
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抗うつ薬の増強療法に使用される薬剤の有効性の比較
増強療法の有効性が高い順に薬剤を並べています。
薬名 | 有効性 |
ノルトリプチリン | 2.1 |
甲状腺ホルモンT3 | 1.8 |
アリピプラゾール | 1.6 |
ブレクスピプラゾール | 1.6 |
クエチアピン | 1.3 |
モダフィニル | 1.28 |
炭酸リチウム | 1.28 |
オランザピン | 1.27 |
カリプラジン | 1.26 |
リスデキサンフェタミン | 1.2 |
炭酸リチウム認知機能に保護的に作用することが報告されています。
炭酸リチウム(先発医薬品:リーマス)の剤型
炭酸リチウム(先発医薬品:リーマス)は、一般的に以下の剤型で提供されています。ただし、製品によって異なる場合がありますので、具体的な製品の情報を確認することが重要です。
- 錠剤(タブレット):
- 炭酸リチウムは通常、経口投与の形態として錠剤として製造されています。これにより、患者は指示された投与量を飲み込むことができます。100ミリと200ミリが発売されています。
- カプセル:
- 一部の炭酸リチウム製品は、カプセルの形態で提供されています。これは錠剤と同様に経口摂取が行われますが、形状や包装が異なることがあります。
- 液剤:
- 炭酸リチウムには液剤の形態もあり、一部の患者に使用されています。この液体タイプは、特に経口での摂取が難しい場合や、より柔軟な服用が求められる状況で利用されます。
- 散剤(粉末状の薬剤):
- 一部の場合、炭酸リチウムは散剤として提供され、粉末状になっています。通常、水や他の液体に混ぜて摂取されます。
これらの剤型は患者の好みや医師の指示によって選択され、患者が薬物を効果的かつ安全に摂取できるようになっています。医師や薬剤師の指示に従い、正確な投与方法を確認することが大切です。
効能・効果
炭酸リチウムは、その神経学的な効果により、双極性障害(躁うつ病)の治療に主に使用されます。以下に、炭酸リチウムの主な効能・効果について説明します。
- 躁病の抑制:
- 炭酸リチウムは、躁病の躁期症状を抑制する効果があります。これにより、興奮状態や異常な高揚感などの症状を和らげ、患者の気分を安定させます。
- 双極性障害の安定化:
- 炭酸リチウムは双極性障害全体の症状を安定させる効果があります。躁病とうつ病のエピソードの頻度を減少させ、再発を予防することが期待されます。
- うつ病症状の緩和:
- 双極性障害において、炭酸リチウムはうつ病の症状も緩和します。患者がうつ状態になるリスクを低減し、全体的な気分の安定を促進します。
- 自殺リスクの低減:
- 炭酸リチウムの投与は、双極性障害患者において自殺のリスクを低減させると考えられています。安定した気分状態が維持されることで、自傷行為や自殺念慮の発生を抑制することが期待されます。
- 神経伝達物質の調整:
- 炭酸リチウムは神経細胞内の特定のシグナル伝達経路に影響を与え、神経伝達物質のバランスを調整します。これにより、脳内の神経活動が安定し、気分の変動が緩和されます。
治療効果は患者によって異なりますので、炭酸リチウムの使用は医師の診断と指示に基づいて行われ、患者の状態や反応に応じて調整されます。
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参考:うつ状態とは?
用法・用量
成人の場合、炭酸リチウムの初期投与量は通常1日400~600mgで、これを1日2~3回に分けて服用します。
その後、3日から1週間ごとに治療量を増やしていき、通常は1日1200mgまで増量します。症状が改善した場合は、1日200~800mgの維持量に減量し、1~3回に分けて服用します。
ただし、年齢や症状に応じて投与量の調整が行われます。
双極性障害においては、躁状態にはリチウム濃度を1.4 mEq/Lまで上げることが推奨されます。うつ状態では、0.6 mEq/L以上が望ましく、単独のうつ病に対しては0.8 mEq/L以上のリチウム濃度で治療効果が得られやすいとされています。
薬物動態
炭酸リチウムの薬物動態に関する研究では、以下の状況での血中濃度の推移が観察されています。
炭酸リチウム200mgを1日1回内服した際の血中濃度の推移
- 単回内服時、炭酸リチウム200mgを1日1回内服した場合、血中濃度は内服後数時間でピークに達し、その後緩やかに低下します。この投与方法において、持続的なリチウム血中濃度が維持されることが期待されます。
炭酸リチウム分割内服と単回内服での血中濃度の推移の違い
- 炭酸リチウムを1日2回などに分割して服用する場合と、1回でまとめて服用する場合では、血中濃度の変化に違いがあります。分割して服用すると、薬を複数回に分けて投与するため、血中濃度がより安定し、変動が緩やかになる傾向があります。
炭酸リチウム400mgを12時間おきに連続内服した際の血中濃度の推移
- 連続内服時、炭酸リチウム400mgを12時間おきに内服した場合、安定したリチウム血中濃度が維持されることが観察されます。連続内服により、徐々に吸収され、排泄されることで薬物動態が安定化し、リチウムの治療効果が一定に保たれます。
これらの投与パターンごとの血中濃度の推移の理解は、適切な治療計画の策定に役立ちます。ただし、これらのデータは一般的な傾向を示すものであり、患者の個別の生理学的特徴や反応により変動する可能性があります。
参考:最高血中到達時間とは?
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副作用
炭酸リチウムの使用に伴い、報告されている主な副作用は以下の通りです。
- 腎臓での尿濃縮能の低下
- 甲状腺機能低下
- 副甲状腺機能亢進
炭酸リチウムによる体重増加の懸念もありますが、近年の解析によれば、プラセボと比較して体重への影響には差がないことが示されています。
リチウム中毒が生じる可能性があり、その症状には以下が挙げられます。
- 軽度の症状: 傾眠、嘔気、嘔吐、振戦、反射亢進、筋緊張亢進、筋力低下、運動失調
- より明確な症状: 意識レベルの低下、硬直、筋緊張亢進、低血圧
- 重篤な症状: 昏睡、けいれん、ミオクローヌス、心肺停止
夜間せん妄もリチウムによる副作用の一環とされています。
また、炭酸リチウムの治療により白血球数が増加することが報告されています。
血中濃度が上昇しやすいため、以下の薬剤との併用には注意が必要です。
- 非ステロイド性消炎鎮痛剤(例:ロキソニン)
- 降圧剤のアンジオテンシン変換酵素阻害剤、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗剤
- 利尿剤
炭酸リチウムの使用は以下の患者には禁忌とされています。
- てんかんなどの脳波異常のある患者
- 重篤な心疾患のある患者
- リチウムの体内貯留を起こしやすい状態にある患者
- 腎障害のある患者
- 衰弱又は脱水状態にある患者
- 発熱、発汗又は下痢を伴う疾患のある患者
- 食塩制限患者
- 妊婦又は妊娠している可能性のある女性(妊娠初期には奇形と心臓奇形のリスクが指摘されています)
炭酸リチウムの中止に際しては、離脱症状が生じることが示唆されており、漸減して中止することが一般的です。離脱症状には以下が含まれます。
- イライラ感
- 落ち着かなさ
- めまい
- 立ちくらみ
これらの症状は一般に軽度とされています。
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禁忌
以下の患者には投与しないでください。
- てんかん等の脳波異常のある患者:脳波異常を増悪させる可能性があります。
- 重篤な心疾患のある患者:心疾患を増悪させ、重篤な心機能障害を引き起こすおそれがあります。
- リチウムの体内貯留を起こしやすい状態の患者:リチウムの毒性を増強するおそれがあります。
- 腎障害のある患者:腎機能の低下が懸念されます。
- 衰弱又は脱水状態にある患者:身体の弱体化や脱水が進行している場合は慎重に使用してください。
- 発熱、発汗又は下痢を伴う疾患のある患者:これらの症状がある場合は控えてください。
- 食塩制限患者:食塩制限が必要な場合は慎重に検討してください。
- 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人:妊婦、産婦、授乳婦等には投与しないでください。
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