ADHDの治療薬について
発達障害は生まれつきの特性であり、一生涯にわたって続くものですが、「ADHD(注意欠如多動症)」には特定の特性を軽減・改善するための薬物が存在します。
一般に、精神系の薬物に対する抵抗感が強いため、「薬を利用すべきかどうか?」について悩む人が多い傾向にあります。この記事では、ADHDと薬物療法に関する基本的な知識を整理し、医師や他の専門家への質問を整理する手助けとなり、今後の治療方針を考える際の判断材料となるでしょう。
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ADHD治療薬とは
ADHDに対して保険適応のある薬は、2023年11月現在、下に挙げる4つになっています。ビバンセは子供にしか使用許可がおりていません。
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そもそも精神系のお薬とは?
精神系の薬において重要なキーワードは「神経伝達物質」です。これは脳内の神経細胞が様々な情報(電気信号)を伝える役割を果たしており、人間の世界では「手紙」のようなものと考えることができます。
私たちの脳は、無数の神経細胞で構成されており、これらの神経細胞同士が電気信号と化学物質を用いて情報をやり取りしています。この化学物質を「神経伝達物質」と呼びます。神経伝達物質の種類によって、脳の働きは大きく異なり、私たちの思考、感情、行動に多様な影響を与えています。
神経伝達物質のバランスが崩れると、異なる症状や障害が引き起こされます。例えば、特定の神経伝達物質が過剰に放出されたり、受け皿の働きが弱まったりすると、手紙が必要以上に発送されてしまったり、発送された手紙が受け手に届かない状態が生じます。セロトニンとノルアドレナリンが不足すると、うつ病になる可能性が高まります。
神経系の薬は、脳内の神経細胞間(=シナプス)における神経伝達物質の授受の仕組みに働きかけ、伝達をスムーズに行う役割を果たします。
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ADHDの脳内の神経物質を調整する
ADHDは、多動や衝動性が特徴的な神経発達障害です。一般的には、脳内の情報伝達が過剰で、それが多動や衝動性の原因と考えられがちです。しかし、最近の研究では、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れており、特にドーパミンやノルアドレナリンといった、注意や意欲に関わる神経伝達物質の機能低下がADHDの症状を引き起こす主な原因であると考えられています。
これらの神経伝達物質の機能低下は、脳内の情報伝達を効率的に行うことを妨げ、結果として注意欠陥、多動、衝動性といった症状が現れるのです。
私たちの脳の中では、神経細胞同士が神経伝達物質を使って情報をやり取りしています。この神経伝達物質は、使い終わった後、再び神経細胞に取り込まれて再利用されるのですが、ADHDの人の脳では、この再利用の仕組みがうまく働いていない可能性があります。まるで、手紙を配るポストに手紙が大量に詰め込まれてしまい、新しい手紙が入らないような状態です。そのため、神経伝達物質が不足してしまい、脳の働きがスムーズに行えないと考えられています。
発達障害で仕事を転々としていましたが、脱サラして地元でスナックを開業しました。
手紙が、目的地であるポストに投函される前に、途中で誰かに持ち去られてしまったり、郵便袋に穴が開いて中身がこぼれ落ちてしまったりしたら、どうでしょう?大切なメッセージが相手に届かず、コミュニケーションが途絶えてしまうかもしれません。これは、脳の中で情報が正しく伝わらなくなる状況と似ています。
ADHDのお薬は、脳の働きを調整することで、症状を改善するよう設計されています。ADHDの脳では、注意や集中力に関わるドーパミンやノルアドレナリンという神経伝達物質が不足していると考えられています。
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そのため、お薬は、これらの神経伝達物質が再利用されるのを防ぎ、神経細胞の間で十分にやり取りできるように働きかけます。これは、手紙のやり取りに例えると、不足している手紙を補充したり、手紙が途中で失われないようにしたりすることに似ています。
ADHDの治療薬は、これらの神経伝達物質のバランスを調整することを目指しています。適切な薬物療法によって、ドーパミンやノルアドレナリンの量や作用を調整し、症状を和らげる効果が期待されます。医師との協力のもと、個々の症状に合わせた適切な治療が行われるべきです。
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各薬剤の特徴
ADHDのお薬は「中枢神経非刺激薬」と「中枢神経刺激薬」に大別されます。
中枢神経刺激薬は、ADHDの症状を改善する効果が早く現れるという特徴があります。しかし、その効果の高さから濫用のリスクも指摘されており、より適切な管理を行うために、2019年12月1日から医師や薬局での登録が義務化されました。
どれもADHDの特性の軽減・緩和を目的に開発されたものですが、実際にはそれぞれ効果のある領域や効果の強さには違いがあります。また、服用してから効果が現れるまでの時間や効果の持続時間、身体への影響の仕方にも個人差があります。注意欠如多動性障害(ADHD)に対して処方するいくつかのお薬について説明しましょう。
メチルフェニデート(コンサータ)
コンサータ(メチルフェニデート製剤)は中枢神経刺激薬に該当し、ADHDに対する処方薬の中でも依存性が強いと言われています。コンサータカードで厳重に管理されるお薬です。以下のような特徴があります。
内服効果が分かりやすく、効果が切れるのも分かりやすいです。効果持続中は、食欲低下、不眠、といった副作用が出やすいため、食欲不振に陥る場合もあるでしょう。
寝つきが悪くなるなどの副作用が現れることがありますので、原則として午後の服用は避けるべきです。朝7時に服用すると、夕方5時くらいまで効果が続くため、学校での困り感が強い方には第一選択とされています。ほとんどの場合、半日で効果が切れて副作用も解消します。スマートドラッグとして本来の目的以外に服用することは危険であり、慎重に避けるべきです。
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リスデキサンフェタミンメシル酸塩(ビバンセ)
コンサータと同様に中枢神経刺激薬に分類されるリスデキサンフェタミン(商品名:ビバンセ)は、体内で活性代謝物であるd-アンフェタミンに変換され、作用を発揮します。d-アンフェタミンは、ノルアドレナリンおよびドパミンの再取り込みを担うトランスポーターに対する阻害作用、ノルアドレナリンおよびドパミンの遊離促進作用、さらにノルアドレナリンなどを分解するモノアミン酸化酵素A(MAO-A)を阻害する作用を示します。これらの相乗効果により、脳内でのノルアドレナリンおよびドパミンの働きが調整され、最終的にADHDの症状の改善に寄与するとされています。
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アトモキセチン(ストラテラ)
非中枢刺激薬に分類されるアトモキセチン(主な商品名:ストラテラ)は主にノルアドレナリンの再取り込みを抑えることで、脳内のこれらの神経伝達物質の働きを増強してADHDの症状を改善する効果があります。
このお薬は、1日1回飲むだけで、丸一日効果が持続するため、学校や家など、一日を通して症状に悩まされている方によく処方されます。
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効果を実感するには、体になじむまである程度の時間がかかるため、通常は1か月程度の服用を続けることが推奨されています。
副作用は比較的軽度とされていますが、筆者は1ヶ月に渡る吐き気と早朝覚醒で鬱になりかけました。
胃腸の弱い方は必ず朝ご飯を食べてから飲んだ方が良いと思います。
・朝夕2回内服する場合もある。効果は丸一日持続。
・1週間ずつ、4~5段階かけて増量するので、効果が出るまで1カ月かかる。
・食欲低下、腹痛などの副作用が出やすい
・主に脳内のノルアドレナリンの働きを強める作用をあらわす
・カプセル・錠剤の他に、シロップの剤型がある(ADHD治療薬で唯一)
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グアンファシン(インチュニブ)
グアンファシンはメチルフェニデート及びアトモキセチンとは作用の仕組みが異なり、α2Aアドレナリン受容体に作用する薬です。以下が特徴です
このお薬は、落ち着きがない状態や、思ったことをすぐに実行してしまうといった「多動・衝動性」の症状に効果を発揮します。
一般的なADHD治療薬が、神経伝達物質の送信を促進する働きを持つのに対し、このお薬は、神経伝達物質がしっかりと受け取られるように、受信側の機能をサポートする働きが特徴です。そのため、体重に合わせて服用量を調整することで、一人ひとりに合った治療を行うことができます。
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その他の薬
ADHDの症状を緩和する薬品に加えて、各個人の困難や発達障害の二次障害、または併発している疾患に応じて、「リスパダール」、「エピリファイ」、「パキシル」などの精神疾患に使用される薬物や、てんかん発作を抑えるための抗てんかん薬、睡眠の質を向上させるための睡眠導入剤が処方されることもあります。
抗精神薬だけでなく、あらゆる薬剤は併用することでそれぞれの効果を相乗させたり抑制したりし、場合によっては生命に危険を及ぼす増悪反応を引き起こす可能性もあります。したがって、薬の種類や量を変更する際は必ず医師に相談し、変更前と変更後の特性に対する効果や副作用の表れ方を注意深くモニターするよう心がけましょう。
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漢方薬について
医師によっては漢方を使用する先生もいます。漢方が使われる症状と薬名を下に記載していきます。
不眠・不安に対して使われる漢方薬
- 酸棗仁湯
- 加味逍遙散
- 抑肝散
- 半夏厚朴湯
便秘に対して使われる漢方薬
- 麻子仁丸
- 大建中湯
- 六君子湯
むくみ・肥満に対して使われる漢方薬
- 防風通聖散
- 当帰芍薬散
- 補中益気湯
- 五苓散
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副作用の現れ方は人それぞれ
薬は、体の特定の部位に作用するように設計されていますが、体全体に広がるため、意図しない部分にも影響を与えてしまうことがあります。
ADHD治療薬の場合、脳内のドーパミンを増やすことで注意力を高める一方で、他の神経伝達物質にも影響を与え、食欲不振や不眠といった副作用を引き起こすことがあります。これは、標的に向かって矢を射る際に、他の的にも当たってしまうようなものです。
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薬の副作用は、人によって感じ方が大きく異なるのが特徴です。まるで、同じ料理でも人によって味が違うように、薬の効果や副作用も、体質や体調によって個人差が大きいのです。そのため、実際に飲んでみないと、自分にどのような副作用が出るのかは予測できません。
「服用してからのほうがかえって辛かった」と言う人もあれば、逆に「特に副作用はなかった」「合わなかったけど、他の薬に変えてもらったら平気だった」というケースもよくあることです。
薬物治療は患者の症状や特定の状況に合わせて慎重に行われる必要があり、医師の指導のもとで行われるべきです。副作用が現れた場合は、速やかに医師に相談することが重要です。
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二次障害を防ぐという観点
ADHDは根本的な治癒が難しい状態です。しかし、なぜ薬を使用するのでしょうか?もちろん、薬を使用する主な目的は、症状の一部を緩和し、患者とその周囲の人々に生じる困難や問題を和らげることです。しかし、同様に重要なのは二次障害の予防です。
発達障害のある人々は、その特性からくる人間関係のトラブル、職場での叱責、仕事において集中できないことから結果が出ないなど、さまざまな困難に直面しやすいです。これが継続的に続くと、「自分はどうせダメな人間なんだ」といった自己評価が低くなり、自己意識の低下が生じることがあります。
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このような辛い状態が続けば、発達障害とは別の問題、すなわち二次障害が発生する可能性があります。ストレスによって気分が沈んだり、生活への意欲が低下したり、あきらめの気持ちが強くなり、あらゆることに反発するようになることがあります。
発達障害と二次障害が同時に存在すると、何が本当に問題となっているのかを見極めることが難しくなり、年齢とともに問題が複雑化します。そのため、できるだけ早い段階で二次障害を予防することが非常に重要です。周囲の理解や早期からのソーシャルスキル教育と共に、薬の適切な使用はその目標を達成するための一環となります。
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薬物依存や長期服用の影響は?
中枢神経刺激薬の「コンサータ」と「ビバンセ」は依存性が強いとされています。身体への依存(薬を中止した後のイライラや震えなどの離脱症状)はないものの、精神的な依存が生じる場合があります。つまり、「この薬を手放したくない」「薬がないと生活が怖い」といった気持ちが強くなることがあります。
このため、処方の際に週に一度の休薬日を設けたりする工夫が行われることがあります。精神的な依存は服薬を中止すれば徐々に消失するとされますが、決められた量以上は摂取しないようにし、飲み忘れた分をまとめて摂取しないように注意が必要です。
欧米で社会問題になっているのは、中枢神経を刺激し短時間で効果があるADHD薬(例:リタリン)を本来の目的以外の効能のためにスマートドラッグとして使用することです。これは非常に危険であり、絶対に慎むべきです。一方で、コンサータよりも効果と副作用が穏やかとされるストラテラについても、精神的な影響に関する研究報告や議論が存在します。心配な点があれば医師に相談し、詳細な説明を求めるべきです。
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薬のやめ時は?
ADHDの困り感や問題に対する主な対策は環境調整です。薬は一生飲み続けるものではなく、手段の一つであり、「一時的に助けを借りて、必要なくなったらやめれば良い」という視点で処方されます。薬の効果により気分が穏やかになり、集中しやすくなり、頑張りやすくなったり、周囲とのコミュニケーションが改善されたりすることで、以前より評価されるようになります。
ADHDをカムアウトして周囲の理解や助けを借りるのも一つの手だと思いますし、好循環により、「もっと頑張れる」、「失敗をもっと上手くカバーできる」、「かつてほど失敗で落ち込まなくなる」など、自尊心が回復して自信を取り戻すことができるのがADHDのお薬の理想的な利用方法です。
自尊心を十分に取り戻し、「自分はこのお薬の助けを借りなくても大丈夫かな」「失敗はあっても前向きに解決していけそうだ」と感じる時期が来たら、それがお薬をやめる最適なタイミングと言えるでしょう。薬の効果を活かしながら、自らの成長や対処法の向上を意識的に進め、最終的には薬に頼らない自立した状態を目指すことが望ましいです。
参考:環境調整とは?