2018年4月から、民間企業の法定雇用率が2.2%に引き上げられ、同時に障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わりました。
2022年時点で、障害者手帳を持ち就業している精神障害者は約11万人であり、精神障害の外来患者数からみればまだまだひと握りではあるが、着実に増えています。一方で、精神障害者の人が障害者雇用枠で働くということの有効性について、一般的な理解が広がっていません。
精神障害者の雇用は増えているが、職場定着率が他の障害より低いことから、障害に対する偏見や認識の問題が残るとされています。この記事では、精神障害の症状や、よくある誤解、必要な配慮について紹介します。
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精神疾患は「病気」でもあり「障害」でもある
精神障害がある状態は、「病気」が完全に治癒していないため、「無理は禁物なので、しっかり休養し、治癒してから働いたほうがよいのではないか?」と感じる人が多いかもしれません。しかし、精神疾患は、治癒することもあれば、慢性的な経過や再発を繰り返すこともあります。
精神疾患が「治った」とされる場合、一般的には「寛解」という表現が用いられます。寛解とは、病気や障害があっても日常生活や社会生活に支障がなく、安定した状態を指します。この用語は、再発リスクが高いがんや白血病などの病気にもよく使われます。
精神障害も、症状が落ち着いた後に、再発のリスクを慢性的に抱えることが多いとされていて、寛解後にも、疲れやすさや不眠、認知機能の低下、幻聴などの残遺症状が残ることがあります。
先行研究によると、精神疾患で休職した後の復職率は1年で約7割に達しますが、再発率も高いことが報告されています。具体的には、「気分障害は5年間で約4割」、「統合失調症は服薬を継続している場合でも1年で約3割」が再発するというデータがあります。
適切な配慮や医療的介入によって再発率は下がるものの、再発を繰り返すほど、低い負荷でも再発する傾向が示されており、治療では完全には治らないため、配慮や工夫によって軽減されるものと考えられます。
精神疾患が慢性的な再発リスクを抱え、疲れやすさや不眠などの残遺症状が長期間残る場合、その部分はもはや病気ではなく障害と見なすべきでしょう。
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「障がい者雇用」において「精神障がい者」の応募が増えている理由
障がい者雇用は、2006年まで身体障がい者や知的障がい者に重点が置かれてきたため、就労可能な障がい者の多くがすでに働いています。一方で、精神障がい者の雇用は他の障がい種別よりも遅れていましたが、最近では障がい者雇用の採用募集において、精神障がい者の応募が増えています。
一方で、「障害者雇用率」は順調に伸びており、法定雇用率も段階的に引き上げられました。ハローワークのデータによれば、障がい者全体の就職件数は、2009年度が45,257件、2019年度が103,163件と、10年間で2.3倍に増加しています。
さらに、障がい種別の職業紹介状況を見ると、精神障がい者の伸び率が非常に高いことが分かります。2009年度の10,929件に対し、2019年度は49,612件と、10年間で約4.5倍の増加となり、2019年度においては、障がい者雇用の全体の就職件数のうち48.1%を精神障がい者が占めています。
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「精神障がい」は、他の障害種別よりも障がい者雇用の対象となるのが遅れた
現在、障がい者雇用のカウントの基準とされている障害者手帳の種類は、身体障がい者に交付される「身体障害者手帳」、知的障がい者に交付される「療育手帳」、精神障がい者に交付される「精神障害者保健福祉手帳」の3つです。
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しかし、これらの障がいがすべて一斉に障がい者雇用の対象となったわけではありません。日本で最初に障がい者雇用の対象となったのは身体障がい者でした。
身体障がい者の雇用が始まった背景には、戦争で負傷した傷痍軍人の就職を支援するという目的がありました。
そして、「障害者雇用率制度」が1960年に企業への努力義務として導入され、1976年に義務化されました。身体障がい者を雇用することが義務化された当初は、民間企業での法定雇用率は1.5%でしたが、1988年に1.6%、1998年に1.8%と、段階的に上がっていきました。また、1998年には、障がい者雇用義務の対象に知的障がいが加わりました。
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障がい者雇用義務の対象となることは、
「障害者雇用率」の算定式における分子である、
「対象障害者である常用労働者の数」+「失業している対象障害者の数」
に含まれることを意味しており、これが1998年以前には身体障がい者のみであったところ、1998年以降は知的障がい者が加えられました。
障害者雇用率 =(対象障害者である常用労働者の数+ 失業している対象障害者の数)➗(常用労働者数 + 失業者数)
参考:障害者雇用率制度・納付金制度について 関係資料(令和3年1月22日)
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「精神障がい者」の雇用は難しいのか?
精神障害のある方の雇用は、他の障害に比べて、企業側が抱える不安や疑問が多いのが現状です。例えば、「どのような仕事が適しているのか」「どのような支援が必要なのか」「職場にどのような影響があるのか」といった点が挙げられます。
精神障害のある方は、一人ひとり症状や特性が異なるため、画一的な対応は難しいですが、本人の能力を最大限に引き出すための支援や、職場環境の整備を行うことで、円滑な職場運営が可能になります。また、多くの企業が、精神障害者雇用に関する相談窓口や研修プログラムを提供しています。
精神障がい者の雇用が義務化されたのは2018年からですが、精神障がい者が「障がい者雇用者数」としてカウントされるようになったのは2006年からです。当時は、企業に精神障がい者の雇用に関するノウハウがほとんどなかったため、厚生労働省は2009年度から2010年度にかけて「精神障害者雇用促進モデル事業」を実施し、精神障がい者の雇用に関するノウハウの構築を目指しました。
この「精神障害者雇用促進モデル事業」に参加した10社は、大企業、または特例子会社が中心でした。モデル事業の成果からは、精神障がい者への適切な配慮や人材配置によって、精神障がい者の雇用が可能であることを示す結果がでています。
精神障がい者の雇用の取り組みがうまくいっている企業の共通点は、「当事者と仕事とのマッチング」、「当事者の障がい受容とセルフコントロール」、そして「当事者に対する職場の適切な配慮と理解」です。
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障害者雇用の現状
前述した通り、障害種別ごとの雇用数の推移では、精神障害者の雇用数は前年よりも増加しています。しかし、身体障害者や知的障害者と比較すると、対前年比の伸び率は大きいものの、直近3年間では微増にとどまり、ほぼ横ばい傾向となっています。
また、精神障害者は職場定着率が他の障害と比べて低いことが分かっています。
厚生労働省が令和元年度に実施した調査によれば、精神障害者の1年後の職場定着率は49.3%となっており、身体障害者(77.8%)や知的障害者(85.3%)に比べて最も低い数値を示しています。これは、精神障害者の半数以上が1年以内に職場を離れてしまうことを意味しています。
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障害者雇用の今後
厚生労働省は、2023年1月18日に「第123回労働政策審議会 障害者雇用分科会」を開催し、現在の2.3%から段階的に障害者の法定雇用率を2.7%まで引き上げる方針を発表しました。
雇用側から見ると、精神障害や若年層の発達障害者の需要は今後も増加すると予想されており、障害者の多様な就労ニーズに対応するための取り組みが必要です。
現在、週20時間以上30時間未満の短時間で働く精神障害者の雇用促進を目的とした期間限定の特例措置「精神障害者の算定特例」は現在も施行されていますが、これは2023年4月以降も継続されます。
さらに、2024年4月からは、週の所定労働時間が10時間以上20時間未満の重度の身体障害者、知的障害者、そして精神障害者も、実雇用率の算定対象に含まれることが決定しました。これにより、横ばい状態にある精神障害者の雇用も、今後一層進展することが期待されています。
精神障害を「障害の社会モデル」で捉え直す
「障害の社会モデル」という考え方があります。これは、障害によって生じる障壁が、本人の心身機能の問題ではなく、社会(モノ、環境、人的環境など)のあり方によって生み出されるという考え方です。
障害を生じさせているのは社会なので、その解消は社会の責務であるという思想が、現在の障害者福祉のスタンダードとなっています。
症状がある程度安定してきた後も精神「障害」が続く場合、職場環境や業務負荷を調整する必要性が生じます。社会がそのような調整を許さない場合、「障害の社会モデル」では、それは社会が生み出している障壁と見なされます。
また、精神障害発症後の社会環境は、本人にかなりの困難をもたらすことがあります。就業機会の不足に加え、周囲の精神障害に対する偏見や、本人が障害を隠したいと感じる内面化された偏見などがあります。
これらは、疾患によるものではなく、社会的な障壁です。つまり、「障害の社会モデル」における「社会によって生み出された障壁」が、精神障害について依然として大きな存在感を持っているのです。
参考:環境調整とは?
参考:障害福祉課とは?
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精神障害について理解しよう
精神障害とはどのような障害なのでしょうか?
一般的に「精神障害」と聞くと、「うつ」や「統合失調症」など、ニュースなどでよく耳にする程度しか知らないという人や、「安定して働けないのではないか?」「任せる仕事がないのでは?」といった見方もあるかもしれません。
しかし、その認識は正しくありません。精神障害には実に多様な障害があり、障害がある方でも整った環境下で特性に合った業務をアサインすれば、安定した就業が可能です。
精神障害者の雇用について理解するため、まずは「精神障害とはどのようなものなのか」について正しい知識を身に着けていきましょう。
参考:統合失調症とは?
精神障害の種類
精神障害とされる障害には、以下のようなものがあります。
統合失調症
幻覚や妄想といった症状が特徴的な精神疾患です。以前は「精神分裂病」と呼ばれていましたが、2002年8月に病名が変更されました。
双極性障害
躁うつ病とも呼ばれ、気分が高まっている躁状態と、気分が落ち込むうつ状態を繰り返す精神疾患です。
こちらも参考に:双極性障害(躁うつ病)の方への接し方で大切な事と悩んだ際の対処法
気分障害(うつ病)
ストレスや病気などの様々な要因によって脳のエネルギーが不足し、気分の落ち込みやイライラ、集中力の低下などの機能障害が起こる状態です。
てんかん
脳の神経細胞によって、突然意識を失うなどの症状(てんかん発作)を引き起こす疾患です。
こちらも参考に:てんかんについて | てんかんとは
不安障害
パニック障害やPTSDなどが含まれます。これらの疾患では、緊張すると発汗や赤面、動悸などが起こり、その不安が生活に悪影響を及ぼします。
参考:PTSDとは?
参考:パニック障害とは?
高次脳機能障害
事故による外傷や脳卒中などにより脳にダメージを受けることが原因で、失語症や集中力の低下などの症状が起きる疾患です。
参考:高次脳機能障害とは?
精神障害は症状が安定すれば就労できる
精神障害のある人を雇用する際のポイント
精神障害のある方でも、特性に合った業務と合理的な配慮を受けることで、安定した就労を実現することが可能です。ここでは、精神障害のある方が安定して働くために、雇用時に注意すべきポイントをご紹介します。
求める職業能力との一致
一般求人の場合と同様に、精神障害のある方に対する採用プロセスでも、業務に必要な職務能力を確認することが重要です。求職者が実際に業務を遂行できるかどうかを確認することは、雇用主と求職者の双方にとって望ましいことです。面接や実務試験、必要に応じたテストなどを通じて、求職者の能力と業務の適合度を確かめましょう。
また、求職者自身が自分の特性を正しく把握し、自身の能力や限界を理解しているかどうかも重要です。自己認識が明確であれば、雇用主とのコミュニケーションも円滑に進みます。求職者が失敗や困難に直面した場合でも、それを克服し、意欲的に働き続ける姿勢を持っているかどうかも見極める必要があります。
雇用主と求職者がお互いに正直で開かれたコミュニケーションを重視し、能力と適性に基づいた適切な採用プロセスを行うことが、安定した雇用の実現につながります。
こちらも参考に:リワークプログラム・リワーク支援(心療内科・精神科)とは | メンタルヘルス不調により休職している方の職場復帰
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安定就労要素
入社当初はこまめに休憩を取る
入社当初は、誰もが職場で緊張するものです。新しい環境に慣れず、休憩時間の過ごし方も不慣れな方もいます。そのため、入社当初は1時間に5~10分程度の短い休憩を取るように促すことが重要です。これにより、徐々にリフレッシュできる時間を確保し、業務に集中しやすくなります。また、この短い休憩時間を活用することで、精神障害者が職場の雰囲気に慣れ、ストレスを軽減する助けにもなります。
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安心感を与える
精神障害者は入社直後にストレスを感じることが多いと考えられます。この段階では、失敗しても大丈夫という安心感を与えてあげることが重要です。「最初は失敗してもいいよ」と伝えることで、新入社員はリラックスして仕事に取り組むことができます。その結果、自信がつき、彼らの能力を最大限に発揮することができます。
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業務量や業務進捗を確認する
精神疾患において、「真面目な人や責任感が強い人ほどなりやすい」という一般的な傾向があります。このような本人の元々の特性と相まって、不安感が増すと過剰な責任感が生じ、物事を完璧にこなそうとする傾向があります。
責任感は業務遂行に不可欠な要素ですが、過度になるとオーバーワークや体調不良、業務品質の低下につながる可能性があります。
こうした事態を予防するためには、「業務の調整」「進捗確認」などの配慮が必要です。適切な業務量であるかどうかを確認すると同時に、適切な睡眠時間の確保や服薬管理が行われているかどうかも重要です。規則正しい生活リズムの維持を促すことが、体調の安定に役立ちます。
体調変動のサインを見逃さない
障害者雇用枠での就労は精神障害者・企業双方にとって有効
障害者雇用枠での就業は、精神障害者にとっても企業にとっても、効果的な取り組みとされています。
研究によると、障害者雇用枠で働く精神障害者と一般枠で働く精神障害者(両者とも障害者手帳保持者)を比較した結果、障害者雇用枠で働いている精神障害者は、働くことを通じて幸福感をより感じている傾向がありました。また、パフォーマンスも高く、安定的に就労している傾向も見られました。さらに、身体障害者と比較しても、精神障害者の場合、雇用枠による差がより顕著であることが示されています。
障害者雇用枠で働く精神障害者は、自身の障害を受け入れ、積極的に取り組む傾向があります。彼らは自分の能力や必要な配慮を理解し、自己ケアに努めています。
また、障害者雇用枠での精神障害者は、上司や同僚からのサポートや理解が得られることが多く、業務上のフォローや感謝の言葉が充実しています。
これは、組織が合理的な配慮を行っており、障害への理解が高まっていることを示唆しています。一方で、一般枠の場合、コミュニケーションに課題を抱えるケースが見られ、これが能力発揮を妨げている可能性があります。
こうした結果から、障害者雇用枠における配慮が、精神障害者の就業状況や能力発揮に良い影響を与えていることが明らかとなりました。
特に、精神障害者の場合、障害者雇用の制度を活用し、合理的な配慮を行うことが、業務能力の発揮につながることが重要です。
精神障害のある人の中には、高度なITスキルなどの専門知識を持つ人もいます。
適切な配慮があれば、彼らは企業にとって貴重な戦力となる可能性があります。また、近年では、ダイバーシティの推進やESGへの投資が重視されており、障害者雇用は企業価値を高める上で不可欠な要素となっています。
調査からは、障害者雇用枠での就労の有益性が示されると共に、精神障害のある人が障害者雇用枠で働くことに対する心理的ハードルの高さも浮かび上がりました。
精神障害のある人の多くは、まず一般の雇用枠で働いた後に、障害者雇用枠に移行する傾向があり、障害者雇用枠で働く人の53.7%がこのパターンを取っています。
この背景には、精神障害に対する社会的偏見が根強く、障害を開示することへの抵抗や、希望する職種や給与水準の求人が少ないという要因があります。
こうした状況を改善するには、まず障害者雇用枠での就労を前向きな選択肢として捉えられるような社会的な雰囲気を醸成し、ロールモデルを通じて啓発することが必要です。また、精神障害者の特性や希望に合った求人を増やすことも重要です。
これらの取り組みが進むことで、障害者雇用枠の有効な活用が促進され、社会が精神障害者に対する障害(社会的な壁)を一つずつ取り除く手助けになるでしょう。
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